十人十色の一色は

12/16 桜鬼 @HanaOniTiriyuku

創作AdventCalendar2017

ななさん@nano1257 主催、「創作」をテーマに一日一つ記事を書き投稿する企画に参加しています。


ですので始めに少し自己紹介をしようかと思ったのですけれど、よく考えてみればこの記事自体が自己紹介の塊でしたので省略。

名前は桜鬼と書いて「はなおに」と読みます。時々自分でもさくらおにと勘違いします。

では。



同人誌始めました。

2017年を簡潔に纏めると上記のひと言に尽きるのではないかと思いますが、いい機会ですので今までの創作歴をのんびり振り返ってみたいと思います。

文芸のアマチュアには色々な選択肢が拓けていますけれど、どれをどのように選ぶかは本当に十人十色だなあと妙に感心してしまいますね。

・公募
・同人誌
(即売会、通販、書店委託)
・ウェブ投稿サイト
・ネットプリント
・電子書籍

ぱっと思いつくのはこの辺りでしょうか。

ちなみにわたしはこの中では書店委託以外一通り手を出してみたクチでして、この頃漸く自身の性格や目標に合う活動パターンが見えてきたような気がしているところです。

先ず、わたしは積極的にプロを目指しているわけではありません。ですが活動のメインは公募です。
何故?
我ながら反感を買ってもしようがないように思います。
けれどこれが色々と試した末の居心地のよさですので、わたしは胸を張って自身の活動についてここで少し詳細に紹介させていただこうと思います。

創作を始めたのはいつかと問われますと、小学生低学年、字が書けるようになった頃から物語を綴り詩を書いていたのは確かです。
小学生高学年の頃には立派に内職癖がつき、同級生にはまた書いているのかと呆れられ、更に保護者面談で問題になったのは今ではいい思い出ですね。
まあ書き始めた時期が早いからといってそれが技術的なアドバンテージになるとはあまり思ってはいないので、これに関して強いてよかったことを挙げるとすると書く癖が当たり前となったことでしょうか。
当たり前すぎて夢に小説家を挙げたことも一度もありませんでした。

また、プロを目指すという思考がなかったのは妹のおかげもあるのではないかと思っています。
というのも、わたしの誰かに読んで貰いたいという欲求ははじめから熱心な読者である妹によって十分に満たされていたのです。
プロを目指す人を悪く言っているわけではなく、ただ彼女のおかげで幾ら他の人に読まれずとも憔悴することのない鈍さを手にすることができたことは、わたしにとって恐らく幸せなことだったのだと思うのです。
心を揺さぶる悩みを持っていたほうが良いものが書けるのではないかという焦燥は常にあれど、書き続けてこられたのは彼女のおかげであるわけでして。

あ、妹への愛を語りすぎましたね……申し訳ない。


そのようなわけでそれなりに自己顕示欲の満たされていたわたしですが、自分を知らない人にどれだけ評価を得られるのだろうかという興味から、ある日ウェブの投稿サイトへと進出します。

同時にまるまる宣伝用のTwitterアカウントを作成し、投稿のお知らせなどをツイート、同じようにサイトに投稿していた方々をフォローしフォローされていました。

結論から言いますと、閲覧数や評価の際限のない世界観にわたしは少し疲れてしまいました。

例えば妹に読んで貰うとき、わたしから妹へ、妹からわたしへ、返ってきたらそこで一つの終着なのですけれど、ウェブは閲覧数の増加にも評価にも終わりが見えず、ああわたしには合わないのだなと理解したときに全ての作品を消してしまいました。
読み手としては簡単に探し回ることができ、いつでも読むことができる利便性が堪らないところではあるのですけれど。


そうして次に始めたのが公募でした。
これはわたしの性分に合っていたようで、落ちることを苦に感じることはまるでなく、そこで一つの評価、暗に足りないと言われることで、もしくは合格だと言われることで読んでもらったのだとわかることが一つの終着だと感じられたことにより、始めに述べたように公募は今でもわたしの活動の主軸となっています。

そのような理由ですからニーズに応えよう流行りに乗ろうという意識はまるでなく、どこまでも自分の書きたいものを書こうというスタンスでやっています。

いえ、向上心はあるのですよ。ただ数学や科学の楽しみが万人受けしないのと同じように、自分の好むものは万人受けするものではないのだろう、という意味でニーズには応える気がないのです。流行のものを見事に書ききる技量もあるわけではありませんけれど。ただ書きたいものを形にできるようにはなりたいですね。今はまだ氷をつくるつもりが蒸気になるのだから世話ないです。



さて、漸く同人誌のお話です。

本という形が好きなので色々と余裕ができたら製本したいという思いは前々からあったのですけれど、漸く準備が整ったのがちょうど今年であったのでした。

選んだ場所は秋の文学フリマ東京。
年始から即売会を探し始め、文芸では割とメジャーな場所であると知り、五月に一般参加により楽しみつつ秋の構想の練り始めました。

印刷所にお願いするということは決めていましたが、予算はあまりなかったので印刷所に頼る部分でこだわることは諦めることに。

だからと言って折角の同人誌、つまりやりたい放題、何かしらこだわって作りたいとは思いましたので、結局収録作全四篇の扉、表題の扉、奥付、ノンブルあたりで地味なこだわりを見せることになりました。


終わってみて思うこととしては、製本された本を初めて手にとる瞬間の高揚というものが予想以上であったということでしょうか。

既に病みつきになりかけており、二冊目の入稿も済ませてしまいました。

作品を売るという行為についても、そりゃあ体力は削られますけれど、一冊がある一人の手に渡るというその時点の幸福感がわたしの求めている終着に程よく馴染んでいましたので、即売会での活動もこれからまだまだ続けていくことができたらいいと考えています。

(在庫も二冊目もありますしね……)

とはいえ、対面で自身の作品を売るという形態そのものについてはかなり難しさを感じました。

会場が広く全てを見て回る時間がないことも一つの要因ではあるのでしょうが、ブースと売り手の雰囲気はかなり重要なのでしょうね。(当たり前か)
そこに至って先ず思ったことは、ブースは変えられるけれど自分の顔は変えることができない、ということでした。
自己評価的には作品と自分の外見とがかなり離れているのではないかと思っているもので。
そこまで気にすることではないのかもわかりませんが、いつか血迷ってお面人間と化す可能性を否定できません。

買いに来てくださった方の殆どがTwitterという顔の見えない世界で興味を持ち……というパターンであったことも中々考えさせられます。

また、Twitterの使い方については前回の反省点を含め、今回は読書垢として運用していくつもりであったアカウントをそのまま使うことにしました。

宣伝は抑えめにリプライや読了ツイートなど交流を主にしたいなあという気持ちで。
同時に同人での筆名がアカウント名そのままの桜鬼に決まりました。なんと適当な。
間違いなくサークル名のほうが真面目に考えていますね。

「波の寄る辺」というのですけれど、見るからに辺境にいますといった名前で中々気に入っております。

しかもこれ、ウェブ検索で殆どトップに躍り出るのです。

「桜鬼」で検索をかけてもわたしに辿り着くことはほぼ奇跡ですので尚更ですね。



また、今年はネットプリントと電子書籍化にも手をだしてみました。


ネットプリントはTwitterで募っていらしたイベントに参加する形での頒布でしたが、思いの外多くの方に手にとってもらうことができましたので今後も時々やってみたいと思います。
配布期間が決まっているのも性に合っていたようです。

使いようによってはいい宣伝になるのではないかとも思いましたね。
印刷代はかかってしまいますけれど、届かない場所の方にお試し冊子をお届けするようなイメージが浮かびました。
ほとんど即売会での活躍に限られる無料配布本を、敢えて郵送するよりは遥かにお安い。

一方の電子書籍は中々難しいですね。
読書垢の方々を見ているとやはり大多数は紙書籍派のようで、商業でもそうなのですから同人誌の電子書籍の読み手というと見つけるのはかなり困難を極めるのではないかと。

わたしも紙書籍派なので暫くしたらこちらは閉めてしまおうと考えています。
宣伝も工夫のしどころが見つからず。
 
 
 
……とまあ浚ってみますとこのような具合でしょうか。
最後に、もしやと勘付いた方もいらっしゃるかもわかりませんが、わたし、〆切も好きなのですよ。
押し付けられる〆切は遠慮願いたいですけれどね、公募がなくとも〆切は設定していましたね。
坂より階段、ステップアップ。
通過点は終着点と言えるほどはっきりしていたほうがわかりやすくて癒されます。

それから、試行錯誤も面白いことも大好物です。自身の能力の追い付く範囲で色々な企画にも参加してみたいですし、立ち上げてみたいと思っています。
ですので何か企画を練っている方はよかったらTwitterアカウントを教えてください。興味津々で覗きにいきますので……!
(記事のリンクを載せたツイートをいいねしてくださるだけでも恐らく覗きにいきます……! 自身の創作を宣伝したい方もぜひ)

と、まあなんだかんだ自身の創作姿勢を語っただけで終わってしまいましたね。
自己流のプロットや改稿の仕方、毎度頭を抱える宣伝の方法についても書いてみたかったのですけれど、長くなりそうですので今回はこのくらいで。
お役立ち情報は他の方が書いてくださっていますし、ね。
わたしの記事ですとリンク先の文フリレポートが多少お役立ちしているかもわかりません……
 
さて本日は長々とここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました!
いいクリスマス、いいお正月になりますように✨
 
 
 
 
 
 
桜鬼について
平成生まれ。牡牛座のB型。
公募では君影港という名で活動中。
好きな作品は器楽的幻覚、Kの昇天、蒼穹、筧の話(梶井基次郎)、細雪(谷崎潤一郎)、一点鐘(三好達治)、家守綺譚(梨木香歩)、一つのメルヘン、月夜の浜辺、或る夜の幻想(中原中也)、古都(川端康成)等。
 
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Yoshinoさんから頂いたイラスト

TwitterにてYoshinoさんに頂きましたイラストです。
さっぱりとしていて格好よいです……!
どうしましょう、こうもスタイルよくイメージして頂いて、とても恐縮です。
ありがとうございます✨

フウライチョウチョウウオ

息を吐き尽くし海底を踏めば、白砂がストップモーションで巻き上がる。
海の中の時間は地上の何倍も重みがあり、針が動くのにも抵抗を感じる。

肌の殆どが隠れた重装備に抵抗がないわけでもないが、こちらは陸上生物なのだから仕方があるまい。
岩へ手を置くにも、雲丹の棘が恐ろしければ流石に何の気なしにというわけにはいかない。

珊瑚礁から顔を出し潮に揺られていた小魚が、泡の音に驚き身を翻して影へと潜む。
息を止めればまた、伺うように揺らめきながら浮かびはじめる。
魚たちが身を翻すとき、そこにもう一つの時間をみる。

同時に、どうして、わたしは鰓呼吸が出来ないのだろう。とても情けない気持ちがする。
小鳥に逃げられたときよりも、もっとずっと奥に突き刺さる壁がある。
わたしの愚かな夢想は切り離されてしまう。
頭上から別の船の立つ轟きが、さも天災の如く追い打ちをかける。

ふと水面を仰げば波の網掛けを見る代わりに、一面を銀の羽衣が流れている。
刻々と光の面を変える様に細やかなつくりが見てとれる。
しかしそれは、スマガツオに引き裂かれて生命の色を強くした。

槍の群れが弧を描くこともなくゆったりと真っ直ぐに飛んでいく。
風来と呼ばれる海の蝶は、ふたひら連れ立ち彷徨する。
白旗を揚げ紅い裾を揺らす沙魚も、対をなし巣穴を守っている。
そしてそのうち、わたしは酷く喉の乾いていることに気がつくのである。


記事の写真:フウライチョウチョウウオ

小説:ミスジチョウチョウウオ
ブログ:ミスジチョウチョウウオ(幼魚)
通販:フウライチョウチョウウオ
リンク:カクレクマノミ
サークル:マンタ

撮影場所:石垣島
※フリー素材ではありません。無断転載はお断りしております。
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